イエスさまは弟子たちに新しい戒めを与えました。それは、
「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。」でした。これが今月の聖書の言葉です。とてもよいことを言っています。しかし、イエスさまが現れる以前、旧約聖書でも他者を愛することは大切である、という教え自体はあったのです。ですから「互いに愛し合いなさい」は特別新しい戒めではありません。いったいどういう点で、これが新しい戒めなのでしょうか。
それは、「わたしがあなたがたを愛したように」でした。イエスさまが愛したように愛するとはどういうことでしょうか。イエスさまは弟子たちに「互いに愛し合いなさい」と教える前に、イエスさまは弟子たちの足を洗いました。この時
「主であり師であるこのわたしが、あなたがたの足を洗ったのだから、あなたがたも互いに足を洗い合うべきだ。」
と言いました。イエスさまはそのことによって、愛の模範を示しました。それは神さまご自身が、人として現れてくださり、仕える者の姿を取った、ということを意味していました。そのように愛するのです。つまり、自分を捨てて他者に仕えるということなのです。
とてもじゃないですが、そんなことできるはずがないじゃないですか。私たちも愛が一番大切だとか、言っていますが、結局最後はみんな自分がかわいいのです。だから嫌になったり、都合が悪くなったりすると、「や~めた」となってしまいます。それは自然なことで決して悪いことではありません、人間は自分を捨てるという愛を持ち合わせていないのです。イエスさまは弟子たち、そして私たち人間のこのような性質を知った上で、新しい戒めを与えました。
イエスさまが言いたかったのは愛の模範と私たちが互いに愛し合うための源がここにあるということです。弟子たちはイエスさまの愛を見ました。彼らはただ愛の教えを聞いただけではなく、実際に見て、触れて、体験しました。このイエスさまが見せた愛を模範にして、互いに愛し合うことが、新しい戒めだったのです。
霊泉こども園の歩みを振り返ると、いくつかの大きな苦難を乗り越えてきました。歴代の園長、教職員、皆イエスさまの愛の模範に心動かされた人たちです。自分を捨てるようなことはできないけれど、イエスさまの愛の模範に少しでもならおうと尽力してくださったのです。かつてイエスさまが弟子たちに示した愛の模範は、霊泉こども園の今につながっています。 園長 山田原野


