新年あけましておめでとうございます。3学期もよろしくお願いいたします。
キリスト教の信仰の対象であるイエスさま、たくさんの子ども時代のエピソードが残されているだろう、と思います。しかし、意外なことに聖書にはたった一つのエピソードしか収録されていません。今月の聖書の言葉は聖書に残されたたった一つのイエスさまの子ども時代のエピソードから採られています。
イエスさま12歳の時のお話です。マリアとヨセフの両親はイエスさまと一緒にエルサレムでお祭りに参加しました。エルサレムからイエスさまたちの住むナザレ村までおよそ100キロ離れており、長い旅となります。その帰り道で、マリアとヨセフはイエスさまの姿を見失ってしまいます。この時代に長い旅をする時は普通、家族単位では行かず、キャラバンを作って大勢が一緒になって移動しました。マリアとヨセフはイエスさまがキャラバンの中のどこかにいるのだろうと思い込んでいたのかもしれません。マリアとヨセフはイエスさまがいなくなっていることに気づきました。そこで、イエスさまをさがしながらエルサレムに引き返し、3日もかかってイエスさまを見つけ出しました。イエスさまはエルサレムの神殿の境内にいました。心配する両親をよそにイエスさまは平気な様子で、学者たちの話を聞いたり、質問したりしていました。周りにいた人たちは、イエスさまの賢い受け答えに驚いていました。
このエピソードについて神学的な難しい解釈がいろいろとなされてはいますが、印象に残ってしまうのは、両親を心配させておきながら呑気に神殿の境内にいたという、家族には関心のなさそうなイエスさまの姿かもしれません。けれども、このエピソードは次のような言葉で終わっています。
「それから、イエスは一緒に下って行き、ナザレに帰り、両親に仕えてお暮らしになった。イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された」。
イエスさまはこの後ちゃんと両親に仕えて暮らしました。そして、ナザレ村で神さまと、そして人にも愛された子ども時代を過ごしたのです。うれしい言葉ではないでしょうか。神さまから愛されたであろうイエスさまですが、人からもたくさん愛された、と最後に伝えてくれています。
子どもたちが神さまと人からの愛を受けてすこやかに成長しますように、また、保護者のみなさまも神さまと人から愛された一年を過ごすことができますようにと祈ります。
園長 山田原野


