有明海のほとり便り no.69

東京・青梅に「にじのいえ信愛荘」という日本基督教団隠退教職ホームがあります。教会に『青梅の里』と題する信愛荘五十年記念誌が届きました。パラパラと読んでいると、そこに池田貞子先生(89歳)による「主に在る家族と共に」と題のエッセーを見つけました。

池田先生は、私たち家族がお世話になった、いずみ愛泉教会(仙台市)の草創期の牧師です。いずみ愛泉教会は、仙台市北部にある将監団地(しょうげん)にキリスト教幼稚園を建てたことから始まっていきました。その意味では、この荒尾教会の歴史にも通じる所があります。先生は、礼拝堂でもあり、週日は保育室にもなる建物の一角に住みながら、自転車に乗って団地を走り回り、福音宣教に努めたのです。

教会員の方たちから池田先生のお話しを伺う度に驚いたことが一つありました。それは、先生が現在の教会台所部分を寝室としていたということです。広さとしては、荒尾教会台所に集会室の半分を加えた程度です。プライバシーもまったくありません。先生が独身だったからこそ出来たとは言え、まさに清貧生活でした。しかしその献身があったからこそ、愛泉教会の基が造られていったのです。

池田先生が愛泉教会を辞されたのが1993年3月末、私たちが教会に加えていただいたのが2012年4月でしたから、19年間も離れていました。もちろん面識もありません。にも関わらず、池田先生は教会に若い副牧師が与えられたことを喜んで下さり、毎年のように我が家へお米を贈って下さいました。

私たちの教会が多くの隠退教師によって基を造られていったことを覚え、「にじのいえ信愛荘」のことを教会としても支えていきたいと願っています。

有明海のほとり便り no.67

私は牧師になるために東京・町田市にある農村伝道神学校を卒業しました。とても小さな神学校で、一学年3~4人といったところでしょうか。小平先生や星先生の時代にはもっと学生数も多かったと伺っていますが、時の流れの中で教会員数が減り、いわゆる献身者も減ってきているのです。先々週開かれた同窓会研修会では、岩高澄先生(小平先生の前任)も参加さており、初めてゆっくりお話しを伺うことが出来ました。

この春、新しく校長に赴任されたロバート・ウィットマー先生も参加されました。ウィットマー先生は、カナダ合同教会からの宣教師で、1969年から来日され、長く北海道名寄にある道北クリスチャンセンターで、館長として働かれました。興味深いのは、農伝の創設者であるアルフレッド・ラッセル・ストーン宣教師も、同じカナダ合同教会からの宣教師だったという点です。ストーン宣教師は、1954年に起きた洞爺丸事故で召される直前に、救命胴衣を日本人の若者に与えたとして知られる方です。

カナダ合同教会も日本キリスト教団と同じように信徒数の減少という課題と向き合っていますが、何か一つの枠にぎゅっと固まるのではなく、多様性を尊重しつつ、「神様が示す新しい世界を求めるために共に歩き、また連帯を強め」(学報169号より)ながら歩まれています。そのような中で生まれたのが「信徒牧師制度」や「先住民族への謝罪」、「セクシャルマイノリティ理解」です。

教団の中でもユニーク(?)な農伝ですが、ウィットマー校長が加わったことによって、ますます教会論や宣教論などの神学が深まっていくでしょう。農伝と関係の深い荒尾教会としても、応援できればと願っています。

有明海のほとり便り no.66

日本キリスト教団には部落解放センターがあり、部落差別からの解放を祈り願って日々様々な活動をしています。センター主事は同窓のK牧師が担われ、先日の同窓会研修でも一緒でした。教団では7月第2主日を「部落解放祈りの日」とし、センターから毎年、祈りの日をどのように守ったらよいか参考資料としてパンフレットが送られてきます。

そこに岩手県・土沢教会の祈りの言葉が掲載されています。今日、子どもたちと祈るリタニーの裏面に全文を印刷しましたので、ぜひご一読下さい。差別とは一体何なのかを振り返る祈りになっています。

私の心は、いつも、誰かを見下そうとしてしまいます。 自分は、「普通に」生きている。 自分は「部落民」ではない。「障がい者」ではない。 自分は「外国人」ではない。「LGBT」ではない。「片親・貧困家庭」ではない。…私が差別していないと思い込んで、実は、差別していたあの人たちに、 私が与えた深い悲しみを、神様、慰めてください。決めつける心、汚い言葉、愛の足りない行いという私の罪をゆるしてください。

今もネット上では部落差別によるヘイトスピーチが後を絶ちません。形を変えて、部落差別が存在していること、また部落差別に限らず自分自身の中にある差別を直視出来るようにと祈りましょう

Buraku Heritageという団体があることを知りました。「『部落』を取り巻く様々な状況をよくしていくために、この『わたし』を軸にそれぞれが発信していく場」(HP)を作っています。メンバーはみな私と同年輩の方たちです。解放への新しい取り組みが生まれてきていることを学びました。

有明海のほとり便り no.65

月二回発行されている機関誌『教団新報』が届き開いてみると、「伝道のともしび」というコラムに、東北教区・いずみ愛泉教会のF牧師が寄稿していました。

また、教区に設置された被災者支援センター・エマオに教団派遣専従として佐藤真史教師が赴任されました。佐藤教師はいずみ愛泉教会副牧師として加わってくれました。そのこともあって、教会は小さいですが、さまざまな形でこれらの教区の二つの働きに積極的に加わり、課題に向き合いながら関わり続けることが許されました。そしてたくさんの方々との出会いが与えられ、感謝です。

いずみ愛泉教会は私達家族が5年間お世話になった教会で、F先生・お連れ合いのTさんはじめ皆さんから、九州へ離れてからも変わらず祈り続けて下さっています。

被災者支援センター・エマオに教団から派遣が決まった際、二つの選択肢がありました。教務教師としてエマオの働きに専念し、教会にはあくまで協力者として関わること。もう一つは担任教師として、教会の働きにも責任を担うことです。私は迷わず担任教師の道を選びました。エマオと教会を働きの両輪としたかったからです。そして快く受け入れて下さったのが、F先生が牧会するいずみ愛泉教会でした。

実際には、フルタイム(以上?)でエマオの働きに携わり、教会では子どもの礼拝と時々の礼拝説教奉仕位しか出来なかったのですが、教会運営について、宣教について沢山学ぶことが出来ました。心から感謝しています。

有明海のほとり便り no.64

先々週ですが、キリスト教保育連盟の新任施設長研修があり東京へ行ってきました。一泊二日の決して長くはない時間でしたが、充実した内容でした。

二日目、4つのグループに分かれて分団を持ちました。そこには、私のように牧師と園長を兼務している先生たちと、現場の保育者から園長あるいは副園長になった先生たちの両方がいました。

牧師兼園長の働き方・関わり方が話題に挙がりました。まったく園の実務には関わらず、行政や保護者対応などすべてを副園長や主任の先生に任せる牧師兼園長にとまどいを覚えている先生もいました。あるいは、幼稚園と牧会の両立に悩む先生(私も含む?!)もいました。その中で心の中に残ったのは、福岡の幼稚園に仕える牧師兼園長の先生が、ある時お連れ合いに、「御言葉に立つのがあなたの仕事でしょ」と言われ、原点に引き戻されたと。

ただし、「御言葉に立つ」ことは決して簡単なことではありません。というよりも、「立つ」なんということは、この欠け多く、罪深い存在には到底無理なことです。しかし、真剣に祈り求めたいと願っています。

荒尾教会とめぐみ幼稚園は、言うまでもなく不可分の関係です。牧師が園長を兼務し、教会員のJさんが職員として働き、Sさんが理事として支えています。金曜日にあった誕生会のカレーを私のミスで急遽朝作り直す必要が出た時も、3名の教会員が駆けつけて下さり、とても感謝でした。他にも様々な形で、祈りが実を結んでいます。

教会と幼稚園が一つのキリストの体として、これからも共に歩んでいきたいと願っています。                M.S.

有明海のほとり便り no.63

5月に行われた九州教区総会では、総会に先立って議員研修会が行われました。西中国教区よりO議長を講師として招き、「教団伝道推進基本方針の道」と題して行われました。いま教団では大きな機構改革が議論されています。それに対して、O先生のおられる西中国教区内の機構改革は、次のような姿勢で行おうとされています。

①西中国教区内での機構改正は、次のMとEの緊張関係という前提に立っている。「Mission(宣教=伝道 ※等号記号!)はEconomy(運営)より優先される」(ルカ6:33、マコ14:38)。戦時下の教会は、維持(E)を宣教(M)より優先してしまった。営利(E)を目的とした会社と違い、教会には宣教(M)というより重要な使命がある。

②教団の伝道推進基本方針と機構改定案は、「2020年問題」とされる財政危機認識(E)を根拠とするものであり、宣教(M)の優先が見失われている。ある意味で、死に対する恐怖が前提とされ、復活信仰が揺らいでいる。

非常に示唆に富む指摘であり、九州教区の姿勢とも共鳴していました。

さて、私が教団の機構改革案で気になるのは、教団事務局で働かれる職員の方たちの労働環境です。各会議や委員会などをまとめて効率よくすることが構想されていますが、職員の方たちの職務内容に大きな影響を与えます。私は一昨年まで、教団事務局から仙台に派遣されていました。職員の方たちの尽力にいつも敬服していました。その職員の方たちの信仰の躓きとなったり、権利が阻害されるようなことがないようにと願っています。   M.S.

有明海のほとり便り no.62

パレスチナ・ガザ地区で起こっている出来事に心を痛めています。パレスチナ難民の帰還を求める抗議行動「帰還の行進」が続く中、ガザとイスラエルを隔てる境界線付近ではデモの参加者がイスラエル軍に銃撃されています。

そのような中で大切な働きをしている「国境なき医師団」の佐藤真史(しんじ※同じ漢字名にびっくり!)看護師が「足を撃たれた10歳の少年が手術中、涙を流してコーランを唱えていたのが印象に残っている」と、報告されています。

また、私の敬愛するキリスト者たちが、「アハリー・アラブ病院を支援する会」を通して献金を呼びかけています。「アハリ―・アラブ病院」は聖公会の病院で、ガザ地区にあるパレスチナ人の自主運営による唯一の病院でもあります。病院責任者のスハイラさんはこう呼びかけています。

「もともとエルサレム周辺は、そこを聖地とするアラブ人、ユダヤ人、そしてクリスチャンが仲良く暮らしていた場所。しかし、いつの間にかその聖地をめぐって血を流す戦いが始まり、現在に至ります。聖地のために命を落としたり犠牲になったりする人がいることをイエス様は喜んでいらっしゃるでしょうか。祈ること、そして、少しでも現状を知ってほしい

宗教・出自・国籍・肌の色などは一切関係なく、イエスさまはすべての子どもたちを「神の子」として招きました。暴力によって涙する子どもたちが、一日も早く癒やされ解放されることを祈りましょう。そして、小さなことでも出来ることを模索してきたいと願っています。    M.S.

有明海のほとり便り no.61

昨日、キリスト教保育連盟春季保育者研修会が錦ヶ丘教会でありました。午前中はK牧師が「保育の心~わたしたちがゆずれないもの~」と題して講演されました。人間が人間を教育することは本当に難しい、最終的には神さまが育ててくださるという「謙遜の心」が、キリスト教保育において大切なことを学ばされました。また、キリスト教保育は「上からの指導」(強制)ではなく、「寄り添う指導」(自発性)を指向するものなのだと。

関学アメフト部小野ディレクターの記者会見(5/26)での発言も紹介されました。

「闘志は勝つことへの意欲だと思いますし、それは外から言われて大きくなるものではないと思っています。自分たちの心の中から内発的に出てくるものが一番大事ですし、それが選手の成長を育てるものです。その一番根源にあるのは、『フットボールが面白い、楽しい』と思える気持ちです」

「我々がコーチとして一番大事なのは、選手の中に芽生える楽しいという気持ち、これは『ロウソクの火』みたいなもので、吹きすぎると消えてしまいますし、大事に、少しずつ大きくしないといけない。そっと火を大きくするような言葉も大事でしょう。内発的に出てくるものをどう育てるかが、コーチにとって一番難しい仕事だという風に思っています」

小野コーチがアメフト指導に対して、とても謙遜な姿勢を持っていることに気付かされます。関学アメフト部では大事な試合の前に、チャプレンが聖書を読み、祈りを献げるそうです。キリスト教教育の賜物が活かされていると感じました。

有明海のほとり便り no.60

礼拝そして理事会・評議員会準備の合間を縫って、家族で「熊本市子ども文化会館」へ行ってきました。天気はあいにくの雨時々曇り。こういう日に家族でどこに出かけたらいいか、いつも悩みます。絆奈さんと二人でネットを駆使してようやく見つけたのが、熊本城の隣にある子ども文化会館でした。ただし、ホームページを見るだけではイマイチ様子を想像することが難しく、心配しつつ向かいました。

約一時間運転して到着してみると…、子どもたちは一目散に自分の興味がある時に駆け出し、プラバン作りやパソコンコーナーへ。スタッフの方たちも、皆さんとても温かく、子どもたちの愛情を注いでいるのがよく分かりました。あっという間に閉館時間を迎え、心配は杞憂でした。インターネットの情報に頼りすぎている自分自身に反省しつつ、やはり足を実際に向けて、直接出会う大切さを再確認しました。

荒尾教会としても、みんなで出かけてみたい所が沢山あります。例えば、九州教区と在日大韓教会が共働して、今も毎週御船町の仮設住宅で「エルピスくまもと」カフェをやっていますが、そこにボランティアに行くこと。あるいは、車で10分ちょっとの所にある大牟田正山町教会と合同野外礼拝(?)。(ちなみに合同CS遠足はすぐにでも実現出来そうなので、夏休み前までに一度企画したいと願っています)。隠れキリシタン縁の地を訪問など…。

ぜひ皆さんからの声をお待ちしています!     M.S.

有明海のほとり便り no.59

K先生は隠退教師として、隈府教会の伝道協力のみならず、今年度から無牧となった武蔵ヶ丘教会の礼拝にも協力されておられます。私自身は荒尾に赴任してから年数回の地区教師部委員会でお会いしますが、お話しを伺うたびに、K先生の熱意とバイタリティに感銘を受けています。ある牧師はK先生を「熊本のパウロ」と敬愛の念を込めて(こっそり)呼んでいるくらいです。K先生に初めてお会いする方、久しぶりに再会される方、それぞれに豊かな礼拝と懇談のひと時になることをお祈りしています。また、K先生の働きがさらに祝され、ご健康が守られることをお祈りしましょう。

今回、私が結婚式の司式をするのは、被災者支援センター・エマオで出会った二人です。私が2012年春に出会った頃、二人はまだ桜美林大学(東京)の大学生でした。Tさんは、大学を半年休学し一緒にエマオのスタッフとして働きました。Rさんは、何度もワークに参加してくれた「ヘビーリピーター」の一人でした。二人がボランティアに来た時には、よく我が家に招きました。確かに二人が結婚式の際には私に司式を頼みたいと言ってはいたのですが、本当にこうなるとは予想だにしませんでした。式を挙げる長原教会のO牧師も、エマオでコーディネーターとして3ヶ月間代田教会から派遣され働かれました。どうも集まるのは、親族を除いたらほとんどがエマオ関係者ということで、再会を家族みんなで楽しみにしています。

東日本大震災という深い傷を通して与えられた二人の結婚に、神さまの祝福が溢れ満ちることをお祈り下さい。