若い人が教会を支える?

北海教区で長く財務の責任を担ってきた方が、「今の若い人たちから見れば『年金暮らし』はとても恵まれている。少なくとも数年先まで毎月一定額の現金収入が確実にあるのだから」と言ったことばが忘れられない。公務員としてずっと福祉を担当してこられた方だけにシビアな重みがある。

9月の教団新報で久世そらち牧師(札幌北部教会・教団副議長)が綴っていた言葉です。皆さんは、どのような「若い人」像を抱いているでしょうか?

いま2.7人に1人は非正規雇用と言われています。年金制度自体も今後どうなっていくのか見通しがつかない状況です。たとえ年金をもらえたとしても、このような状況では、十分な生活を保証するだけのものを、「若い人」の多くはもらえません。

久世先生はこのような状況の中で、「若い人たちが教会を支える」というイメージは現状にそぐわないこと、むしろ「高齢者が若者を支え、若者が希望を見出すような、教会共同体を形成」することが肝要だと語ります。

この荒尾の地においても、「若い人」を取り巻く環境は不安定です。共働き世帯は増え続け、労働時間も増え続け、格差が広がり、それぞれの家庭に中々ゆとりや余裕がなくなって来ています。 荒尾めぐみ幼稚園の働きには、子育てへのサポートを通して、教会が若い世代を支えていくという使命があります。と同時に、荒尾教会の礼拝共同体が、この不安定な格差社会を生きる「若い人」たちを祈り・支えるものになっていきたいと願っています。 (有明海のほとり便り no.129)

土の中

0・1・2歳児クラスで水本オレンジガーデンまで遠足に行ってきました。

去年は運動会が終わってから2週間後でしたが、今年は逆に2週間前だったので、シーズンには少し早かった様です。けれども、「肥のあかり」という熊本県産極早生みかんを美味しくいただきました。

みかん狩りをする前に、みんなで礼拝を捧げました。私は『じめんのうえと じめんのした』という絵本を読みました。植物は地面の上に葉を伸ばしつつ、地面の下には根っこを伸ばしている。私たち動物にとって植物はかけがえのない大切な存在なのだというメッセージが込められています。同じように、みかんの木も、見える枝や葉っぱみかんだけでなくて、根っこがあるんだよ、目には見えない神さまが守ってくださっているんだよと、子どもたちに伝えました。

すると、その話しを脇で聞かれていたガーデンのおかみさん(?)が喜んでくださり、みかんを植えている畑の土を豊かにするために、様々な工夫をしていることを、後で教えて下さいました。

相田みつをの詩に、次のようなものがあります。

土の中の水道管 高いビルの下の下水 大事なものは表に出ない

目には見えない、水道管や下水のように軽んじられてしまう存在が、実はかけがえのない存在なのです。

「わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。」 (コリントの信徒への手紙二4章18節) 

(有明海のほとり便り no.128)

石木ダム建設をめぐって

長崎県川棚町川原(こうばる)にある小さな支流・石木川にダムをつくる計画があります。1975年度に国に採択され、工事が進められていますが、地元住民の方たちを中心に必死の抵抗がなされています。佐世保市の水の確保そして川棚川の洪水の防止のためという目的ですが、実際の水需要は人口減少とともに下がりつづけ、川棚川流域の11%しかカバーしないダムに洪水予防の効果はほとんど望めません。多くの資本が投下され一部が潤うという、いわゆる「公共事業」の負の面がよく出ている事業だと思います。

2年前、この問題に深く関わっておられるS牧師と一緒に、川原地区を一度訪問させていただきました。すばらしい自然環境でした。そこに、13世帯54名の方たちが実際に暮らされています。にも関わらず、いま長崎県は強制収用(行政代執行)を始めようとしています。先週19日に5年ぶりに地元住民の方たちと県知事との面談が行われました。

小学3年生のSちゃんは、自分で書いたメッセージを読み上げるけれど、泣き声になってしまい、なかなか聞き取れない。それでも、お父さんに励まされ、家族に見守られながら、最後まで読み終えました。 Sちゃんのお父さんであるJさん(38)は、「強制的に土地を奪おうというのはおかしい。これは人道上の問題だ。私は家族と川原の人たち、こうばるというコミュニティーを全力で守ります!絶対に手を触れさせません」と断言しました 。

(石木川まもり隊HPより)

Sちゃんの痛みが届く日本社会でありたいと切に祈ります。 (有明海のほとり便り no.127)

横野朝彦牧師との出会い

教団新報が届きました。先日、山鹿教会の代表役員変更登記手続きを終えて、教団に書類を送っていたので、「そろそろかなぁ」と教師異動報告を眺めると、山鹿教会の代務者就任に確かに私の名前がありました。全国の教会に必ず送られる新報なので、この報告に様々な思いを抱かれる方たちがおられるはずです。私自身も「もう後には引けない」という思いです。どうか、山鹿教会に相応しい牧師が与えられることを、ご加祷ください

けれども、そんな教師異動報告に嬉しい偶然がありました。私たちが東京でとてもお世話になった横野朝彦牧師が、隠退から復帰され、高槻日吉台教会(大阪)の代務者に就任されたことが同じ紙面にあったのです。

私は、神学校1年の終わりに、Hさんと結婚しました。札幌に住むHさんが東京で仕事を見つけたまでは良かったのですが、困ったのは住居でした。家賃を支払えるだけの十分な収入はありません。そんな時に、番町教会(東京)の横野先生が、教会が入っているマンションの一室を、教会に掛け合って提供して下さったのです。卒業までの3年間、横野先生、そして今は召されたお連れ合いのYさんはじめ、教会の皆さんが私たちを物心そして霊的に支えて下さいました。振り返れば経済的には最も貧しい3年間でしたが、そんなことを全く感じず、むしろ沢山の祝福を受けた豊かな3年間でした。Bが生まれたのも、この番町教会時代でした。

私たちが番町教会から離れてからも、横野牧師は度々会いに来て下さり、またお電話を下さっています。私たちのまさに恩師です。いまは岡山にお住まいなので、いつか荒尾教会の特別集会にお招きしたいと願っています。(有明海のほとり便り no.126)

画家・金斗鉉さん

毎月教会に届く『信徒の友』で、ずっと続いている「金さんのスケッチ散歩」と題されるページでは、全国各地の教会が美しい水彩画で描かれ、そこには短い画家のエッセーが掲載されています。以前、北九州地区のいくつかの教会が掲載されており、とても嬉しかったのを覚えています。

先週の木曜日、いるか・らっこ組のクラス参観・保護者懇談会があり、朝から慌ただしく準備をしていると、急に一本の電話が入りました。電話を受け取った先生も内容をよく理解しておらず「画家の方で…」という説明に、クエスチョンマークをいくつも並べながら電話を出ると、あの「スケッチ散歩」を掲載されている、金斗鉉さんでした。「もしやもしや」と思いつつ、話しを伺うと、「いま八代教会にいてこれから荒尾教会に向かいますとのこと!「ありがとうございます。よろしくお願いします」とやや興奮気味にお答えしました。

いつの間にか来られたということで、探しに行くと、敷地内ではなく、門を出た桜の木の下でスケッチを始めておられる姿が。邪魔をしてはいけないと思いつつ、週報など少しでも荒尾教会のことをお伝えする資料をお土産(?)に、ご挨拶に伺うと、とても気さくに対応して下さいました。心に残ったのは、「この『スケッチ散歩』の仕事をするようになって、地方にある小さい教会と出会った。少しでも自分が出来ることを願い、完全無償で出前特別集会もしている」との言葉です。1時間半ほど滞在された後、今度は山鹿教会へ向かわれました。

『信徒の友』に掲載後、原画を購入することも出来るということでしたので、早速、次回の役員会で諮りたいと思います。 神さまからの思わぬプレゼントに心から感謝。 (有明海のほとり便り no.125)

Soon Ah Will Be Done

大牟田正山町教会で行われた関西学院聖歌隊コンサートへ行ってきました。ドイツミサ曲などを丁寧に美しく合唱する姿に、心しびれました。BとKを連れて行ったのですが、二人には少し難しかったようです。けれども、そんな二人もぱっと起き上がり、身体でリズムを合わせながら聴いていた曲があります。「黒人霊歌」である“Soon Ah Will Be Done”です。

奴隷としてアフリカから連れてこられた黒人たちが、その苦しみの中で、神が共におられるという深い希望・信仰を歌っています。

 Soon Ah will be don' a-wid de troubles ob de worl',  すぐにこの世の苦しみは終わる
goin' home to live wid God.  そうしたら、故郷に帰って、神と共にいきよう
I wan' to meet my mother   母に会いたい。
I goin to live wid God.   神と共に生きよう。
no more weepin' an' a wailin'   もう嘆き悲しむ日々は終わりだ
I wan' to meet my Jesus   イエスに会いたい。
I goin to live wid God.   神と共に生きよう。

この「霊歌 Spirituals」の背景にある、絶望・痛みは今も続いています。そして、だからこそ「神の国・神の平和」が来ますようにと、希望と福音を分かちあっていきたいましょう。 (有明海のほとり便り no.124)

意外な方からのお電話

前任地のいずみ愛泉教会では、今年45周年を迎えます。

先日、夕方に園で作業をしていると、突然電話が鳴りました。携帯を取ると、いずみ愛泉教会でお世話になった、Mさん(90歳)からでした。お連れ合いのCさんとご一緒に、必ず毎週礼拝に出席されていた姿が今も目に焼き付いています。

お二人は北海道のご出身で、特にMさんはHさんが卒業した北星女子高の大先輩で、何かにつれ私たちのことを気にかけ声をかけて下さいました。

私たちが荒尾に移る前に、お二人は札幌へ引っ越されたのですが、出身教会である札幌教会に毎週お二人で、電車で通っておられました。そして数ヶ月に一度、札幌から私たちにお電話下さったのです。

そのような中で、昨年7月にお連れ合いのCさんが召されました。札幌教会での葬儀に行くことは叶いませんでしたが、一人残されたMさんはどのように過ごしておられるか心配していました。

そのMさんから電話がかかってきたのです。お声もお元気そうで、「佐藤先生やHさんたちがどうしているかと思って」と。いずみ愛泉教会から、Mさんのところへ送られた45周年記念礼拝の葉書を見て、私たちのことを思い出して下さったのです。

一人で札幌教会まで通うことは、もう出来なくなったそうですが、Mさんの電話口の声に確かに深い祈りと信仰を感じました。

お会いできなくなって数年…、思いがけない神様からのプレゼントに、とてもとても励まされた瞬間でした。(有明海のほとり便り no.122)

小平先生をお招きして

昨年5月のペンテコステ礼拝で小平善行牧師をお招きしました。それから、1年が経ち、まさか小平先生を「霊泉幼稚園の園長」として再び礼拝にお招きする日が来るとは…、誰もが予想していなかったことです。神さまの不思議な導きです。

山鹿教会附属の霊泉幼稚園と、荒尾めぐみ幼稚園は同じ一つの学校法人が運営しています。それぞれ独自の歴史の中で生まれてきた山鹿教会、荒尾教会そして各幼稚園です。はじまりは宗教法人幼稚園、そして時代の流れの中で、学校法人を立ち上げていきます。「山鹿霊泉学園」と「めぐみ学園」です。2013年4月、この2つを合併し、1つの学法として運営していく決断をします。当時いなかった私には詳しい経緯や目的は分かりません。

けれども、荒尾に来て3年目に入りつくづく感じることがあります。それは、小さな地方教会がそれぞれ単独で「幼稚園(認定こども園)」という大きな宣教の働きを担っていくのは並大抵のことではない、ということです。特にいまは、目まぐるしい幼児教育・保育制度の変化があり、保護者を含む園に対する社会からの視線・ニーズも変わってきています。この荒波を乗り越えるためには、2つの教会が祈りと知恵を持ち合わせ・支え合っていくことが肝心です。

6月より小平先生が、霊泉幼稚園の(期限付き)園長として入って下さいました。あっという間(!)に子どもたちと信頼関係をつくり、大きな混乱なく日々を過ごすことが出来ています。そして、83歳になられる小平先生が、片道1時間(!)かけて通って下さっていることに、心から感謝です。 先生の健康が守られ支えられますように、お祈りしましょう。 (有明海のほとり便り no.122)

フラッシュモブ

「フラッシュモブ flashmob」とは、雑踏の中で歩行者と思っていた人たちが急に集まり、演奏やダンスなどのパフォーマンスを行い、終わったらすぐに解散するというものです。最近、私は、このフラッシュモブの動画を鑑賞するのが好きで、礼拝準備の合間(?)に、息抜きで見たりしています。

特にお気に入りの動画は、バークリー音楽大学(アメリカ・ボストンにある世界的にも有名な音大)交響楽団によるフラッシュモブです。

学生たちが、ある時、突然プルデンシャル・センター(有名なビルの一つ)のロビーに現れてホルストによる組曲「惑星」:木星を演奏し始めます。一人のチェロから始まり、そこからコントラバスが加わり、ヴィオラ、ヴァイオリンが一つずつ加わっていきます。そして中央に指揮者が現れるのです。何も知らない歩行者たちが驚きつつ、周りに集まり、そして音楽の持つ力によって笑顔に変わっていきます。

特に心に残るのは、演奏者たちの姿です。みんな普段着のままですからファッションもバラバラです。髪の色も肌の色もジェンダーも様々です。もちろんそこには白人も黒人もアジア人もいます。けれどもそのバラバラな演者たちが、心を込めて「木星」を演奏する姿に、音楽が境界線を越えて人々を繋げてくれることを、気付かせてくれます。神さまが造られた人間の美しさが不思議とよく表れています。

アメリカは多くの課題・差別・社会問題・痛みを抱えていますが、同時に様々な境界線を飛び越える希望を指し示すことの出来る不思議な文化があります。アメリカ社会のとても良質なよい部分に出会うことが出来ました。(有明海のほとり便り no.121)

四秒の祈り

教会の牧師として、「約束した時間を守る」というのは、「いろは」の「い」です。にも関わらず、先週2度も、すっぽかしてしまいました。

自分自身、これまで多少の遅刻はありましたがm(_ _)m、ここまではっきり抜け落ちてしまうことは初めてで、ご迷惑をおかけした方たちに、本当に申し訳なく思うとともに、危機感を抱いています。「はたしてこのままでいいのだろうか?」と。

山鹿教会・霊泉幼稚園の働きが加わり、まだまだ慣れない中で、さらに突発的なことが加わると…限界を超えてしまうようです。けれども、主務の荒尾教会・めぐみ幼稚園を含め、どれもが大切な働きです。しかし各園では、人手も慢性的に足りておらず、日々走り回っているのが実情です。そんなことを思いながら、渡辺和子シスターの『置かれた場所で咲きなさい』を読むと、次の文章に出会いました。

ある日、階数ボタンを押した後、無意識に「閉」のボタンを押している自分に気付きました。つまり、ドアが自然に閉まるまでの時間、大体四秒ぐらいの時間が待てないでいる自分
に気付いたのです。
そして、考えさせられました。「四秒すら待てない私」でいいのだろうか
と。事の重大さに気付いた私は、その日から、一人で待っている時は「待つ」決心を立てたのです。
…待っている間に、小さな祈り、例えばアヴェマリアを唱える習慣もつけてくれました。…時間の使い方は、いのちの使い方
です。待つ時間が祈りの時間となる、このことに気付いて、私は、何かよいことを知ったように嬉しくなりました。

たった四秒でも、待ちつつ、祈りつつ歩んでいきたいと願っています。(有明海のほとり便り no.119)