熊本地区とは何だろうか?

木曜日に地区婦人部研修会があり、「共に~東日本大震災被災地でキリスト教保育の現場で考える~」と題し、講師を務めました。約60名の方たちが、熊本城東教会に集い、交流もとても楽しいひと時でした。特に城東教会が研修会のために、讃美やダンス(ひょっこりひょうたん島アレンジ!)を披露し、盛り上げて下さりました。

講演の最後に、「熊本地区とは何だろうか?」という問いを分かち合いました。私たちはついつい各個教会で完結しているように思いがちですし、実際そういった面は強くあります。

教団内においても、教区や地区の活動を軽視する意見があり、それを見聞きするたびに、私はとても残念な気持ちになります。地方教会、特に荒尾教会や山鹿教会のような小規模教会の現実を、どこまでご存知なのだろうかと・・・。

先々週、教区宣教会議が大牟田正山町教会であり、地区委員長のK牧師が発題をされました。その中で、「召命(Calling)は自己責任ではない。個人的なことではなく、ちゃんと後ろ盾があって初めて召命は成り立つ。地区・家族・教会の祈りやサポート。教師の側も相談していく大切さ。学閥などを越えて協力し合う仲間がいたからやっていけた」と言われたことが、胸に刻まれています。 召命(神からの招き)は牧師に限ったものではなく、生きる一人一人に与えられています。

召命は縦(神と個人)の関係において与えられます。けれども横(個人と家族・友・ネットワーク)の関係がなければ、孤立を抱え燃え尽きていってしまいます。召命は十字架(縦と横)の関係で初めて成り立つのです。 (有明海のほとり便り no.131)

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