現実的な目算ではなく

年度の変わり目には、牧師の世界でも転任が多く起こります。

カンバーランド長老教会めぐみ教会のA牧師もその一人と知り、さらに新たな赴任地が決まっていない形と知り、驚きました。A先生は東京で26年前に新規伝道を始めコツコツと種まきをされてこられた方です。直接お会いしたことは一度しかないのですが、普段、神学校でも教えられている先生が、積極的に発信しているブログはいつも読み学ばせてもらっています。教会を辞すことを記した記事の中でアブラハムについて書かれていました。それが丁度本日のメッセージで触れる同じ箇所だったのでさらに驚きました。

教会の皆さんを不安にさらしてよいのか、あなたはこの先どうするのか。そう心配してくださる方々がおられます。双方に先の保証はあるのかと言われれば、現実的な目算という意味では保証なしです。しかし、信仰とは元来そういうものではないでしょうか。アブラム(アブラハム)はハランを出発したとき75歳でした。妻がいて、実子はいないけれど甥がいて、それなりの財産を築いていました。安泰な暮らしを続けるだけの保証はあったでしょう。しかし彼は、「わたしが示す地に行きなさい」という神さまの呼びかけに従いました。どこへ行ってどう生計を立てるのかという意味では、何の保証もありませんでした。ただ「あなたを祝福する」という約束を保証として、主なる神を信頼して旅立ったのです。

https://megumiboxy.exblog.jp/27486438/

この2019年度が始まっていく中で、新たな旅路へと 導かれていったすべての人たちの歩みが守られますように。 (有明海のほとり便り no.105)

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