エマオで悩み、祈り、出会い

 2012年春、右も左も分からない状態で、けれども神さまからの呼びかけと信じ、被災者支援センター・エマオへと向かいました。与えられた役割は「教団派遣専従者」。初めて聞く言葉でした。「コーディネーター」として動けばよいのだと気付くにも、しばらくかかりました。どこにもロールモデルを見出すことは出来ず、まさに手探りでした。特に最初の1年は自身の力不足を痛感し、「自分は相応しくないのでは」という不安を常に抱えていました。いまも私でよかったのか、よく分かりません。

 しかしいつからか、そのことであまり悩まなくなっていきます。もちろん他の悩みは尽きませんでしたが…。いま思えば、自分がエマオの一人として、友として、被災された方たちに受け入れてもらっていることを感じるようになってからでした。エマオに来てくれるワーカーたちや、教会関係の方たちへ、私を呼んでくれた大学・高校そして教会などへ、拙い言葉でも「被災地のいま」を伝えなければと願うようになってからでした。そこに到るまで、じっくりと構え、支え祈ってくれた輪があったことに気付かされます。

 被災地で、エマオで必要だったこと、それは「孤立」ではなく「友」でした。スタッフに必要だったこと、それは「バーンアウト」ではなく「適度な休み」でした。「被災者支援」は初期の緊急支援だけでなく、忘れられがちな中長期支援も肝心であり、そこにこそ「スローワーク」の真価が発揮されるのです。

 この3月末で被災者支援センター・エマオは閉じます。この8年間の内、5年間に関わることが出来、多くの出会いが与えられました。私や家族にとって、まさに神さまが与えて下さった、かけがえのない5年間でした。 (有明海のほとり便り no.100)

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