「ていねいに生きる」という逆説

「ていねいに生きる」とは、自分に与えられた試練さえも、両手でいただくこと。すすんで人のために自我を殺すことが平和といのちを生み出す。

渡辺和子シスターが著書『置かれた場所で咲きなさい』の中で言われた言葉です。渡辺シスターの深い福音理解がここには込められています。

同じようにイエスは言いました。

わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うがわたしのため、また福音のために命を失う者は、それを救うのである。

(マルコによる福音書8章34~35節)

これら2つの言葉に共通しているのは、「逆説」です。

出来るなら試練には直面したくないと誰もが願っています。試練に直面したとしても、出来るなら逃れたいと願っています。しかし、その試練=十字架を、あえて背負うこと、あえて両手でいただくことが、求められています。

誰もが、まずは自分自身のいのちを守ることを願っています。しかし、自分自身のためではなく、福音のため、かけがえのない<いのち>のために生きるとき、逆に救い=「平和といのち」があるのだと言うのです。

私達が週毎に教会に集い、礼拝を献げること。それはこの「逆説」を週の初めに胸に刻み、新しい命の中で歩みを始めることではないでしょうか。

(有明海のほとり便り no.72)

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