エマオで悩み、祈り、出会い

 2012年春、右も左も分からない状態で、けれども神さまからの呼びかけと信じ、被災者支援センター・エマオへと向かいました。与えられた役割は「教団派遣専従者」。初めて聞く言葉でした。「コーディネーター」として動けばよいのだと気付くにも、しばらくかかりました。どこにもロールモデルを見出すことは出来ず、まさに手探りでした。特に最初の1年は自身の力不足を痛感し、「自分は相応しくないのでは」という不安を常に抱えていました。いまも私でよかったのか、よく分かりません。

 しかしいつからか、そのことであまり悩まなくなっていきます。もちろん他の悩みは尽きませんでしたが…。いま思えば、自分がエマオの一人として、友として、被災された方たちに受け入れてもらっていることを感じるようになってからでした。エマオに来てくれるワーカーたちや、教会関係の方たちへ、私を呼んでくれた大学・高校そして教会などへ、拙い言葉でも「被災地のいま」を伝えなければと願うようになってからでした。そこに到るまで、じっくりと構え、支え祈ってくれた輪があったことに気付かされます。

 被災地で、エマオで必要だったこと、それは「孤立」ではなく「友」でした。スタッフに必要だったこと、それは「バーンアウト」ではなく「適度な休み」でした。「被災者支援」は初期の緊急支援だけでなく、忘れられがちな中長期支援も肝心であり、そこにこそ「スローワーク」の真価が発揮されるのです。

 この3月末で被災者支援センター・エマオは閉じます。この8年間の内、5年間に関わることが出来、多くの出会いが与えられました。私や家族にとって、まさに神さまが与えて下さった、かけがえのない5年間でした。 (有明海のほとり便り no.100)

2019年度に向けて~幼稚園~

幼稚園では次年度に向けて職員会議を持ち、次のようなことを分かち合いました。

◯教会幼稚園として  宮崎貞子先生は一人のキリスト者として、1946年荒尾で小さな家庭集会を立ち上げました。祈りに祈り、教会堂を建て、そして荒尾めぐみ幼稚園を始めていきました。以来、荒尾教会の牧師が幼稚園の責任を持つというスタイルで繋げてきました。それは、荒尾教会の大切な宣教の業の一つがこの荒尾めぐみ幼稚園だからです。荒尾教会と荒尾めぐみ幼稚園はキリストの一つの体であり、切り離すことは出来ません。荒尾教会員の方たちは、日々幼稚園のことを覚えてお祈りしています。

◯社会変化 2019年度は10月から保育料無償化が始まります。それに伴い、共働き家庭はますます増える見込です。特に荒尾市では0・1歳児の待機児童が発生している状況があり、しばらくはどこも未満児クラスは一杯となるでしょう。けれども、荒尾市も少子高齢化して来ていることは、皆さんも実感している所です。つまり、どこかの時点で、需要と供給は逆転し定員割れが起きていきます。日本全体では2040年には幼稚園が半分になるという予測もあります。保育園・こども園に関しても、保育に関する量的ニーズは確実に減っていきます。その中で、「質が悪くとも園児囲い込みに長けた園」として生き延びるのではなく、「小規模でも良質なキリスト教保育の認定こども園」として信頼を積み重ねていくことが、何よりも大切なことだろうと考えています。

荒尾教会幼稚園としての荒尾めぐみ幼稚園をこれからも祈り、共に歩んでいきましょう。 (有明海のほとり便り no.99)

説教を聴く恵み

 荒尾に来てもうまもなく2年が経とうとしています。仙台にいた時は、副牧師という立場でしたので、いずみ愛泉教会では月1回位の説教奉仕、他の無牧教会や小さな教会での奉仕を月数回行くというペースでした。荒尾に来てからは、毎週この荒尾教会で説教奉仕をさせていただいています。

 「神ならぬ罪深き人間が神の言葉を語る」ことが説教では求められます。その重みに打ちひしがれつつ、夜なべをして充血した目で説教台へ向かうこともしばしば(しょっちゅう?)あります。もちろん、それを遥かに越える恵みをいただきつつ。

 この2年、地区や教区の集会で「説教を聴く」ことは、いつも新鮮かつ刺激的な時でした。それが2週間続けて(!)、この荒尾教会で、「説教を聴く恵み」が与えられました。金性済先生のメッセージも、Shall Gapongle先生のメッセージも、どれも心に深く染み入るものでした。そして牧師として原点(「わたしは何を、どのように、誰に向けて語るのか」)に立ち返る導きでもありました。こんな贅沢な時が与えられたことに神様に感謝しています。ぜひ2019年度も(2週連続とはいきませんが…)、外部講師をお招きし福音の分かち合いに預かりたいと願っています。

それゆえ「神の言」としての説教を語る説教者の責任は重く、人間の内に働きかける聖霊の導きに依拠せざるをえない。説教者自身が神の救済の恵みに与りつつ、説教の委託の使命に生きることによってこそ、初めて救済の恵みについて聴衆に語ることが可能とされるのである。(関田寛雄「説教」『岩波キリスト教辞典』より)

(有明海のほとり便り no.98)

宣教する教会

遠くフィリピンよりShall Gapongle牧師が荒尾教会そして九州教区のために来て下さいました。荒尾教会72年間の歩みの中で、フィリピン合同教会の牧師の説教を聴く機会はおそらく初めてではないでしょうか。神さまに、そしてGapongle先生を派遣して下さった教会に、ご家族に、心からの感謝を捧げます。

先生は先住民族の出身です。礼拝出席約20名の教会に仕えつつ、同時に山岳地帯の他の先住民族の村々を粘り強く訪問し、信頼関係を構築し、そして村人たちと教会を立ち上げています。先生が九州教区の牧師向けに作成した資料の中で次のように言われています。

神学校を卒業したての多くの牧師は、より良い給料と便利さを求めて、大きな町や大規模な教会に赴任することを望みます。でも私の牧会姿勢はそれとは異なり、いつも小さな教会に赴任してきました。〈中略〉牧師が宣教活動をなしていくために十分に支えていける教会ではありません。しかし小さな教会であっても、集う信徒が心から信仰に生き、忠実に主に献げるなら、牧師の生活を支えることも、宣教と福音伝道のための活動を行うこともできるでしょう。〈中略〉宣教は止まることなく続けられなければなりません。〈中略〉宣教しない教会は既に死んでいるのです。宣教をしない教会は、存在しない教会のようなものではないでしょうか。

優しさがにじみ出ている先生の所には、言葉が通じなくとも子どもたちがすぐに集まってきました。そんなGapongle先生から発せられるこの鋭い指針を、まさに一つの小さな荒尾教会として受け止め、私たちの宣教のあり方を振り返り、造り上げていく時としましょう。 (有明海のほとり便り no.97)

2/17 フィリピン合同教会 ガポンリ牧師を招きます

九州教区はフィリピン合同教会のシャル・ガポンリ先生をお招きし、九州各地の教会や付帯施設で、フィリピンでの宣教について分かち合っていただいています。17日(日)は荒尾教会で礼拝メッセージをして下さいます。ぜひご出席下さい!

日時 2019年2月17日(日) 午前10時半より11時40分頃まで

  • 聖書  マタイによる福音書5章14~16節
  • メッセージ 「あなたがたは世の光である。」
  • Shall Gapongle(シャル・ガポンリ)牧師(フィリピン合同教会)

※こどもメッセージが礼拝前半にあります。こどもからご高齢の方まで、どなたでもどうぞ。

ヘイトスピーチという差別

在日コリアンの方たちに対するヘイトスピーチが止まりません。

2018年1月22日、大分県大分市に住む男性が、当時15歳の中学生に向けてこんな言葉を自身のブログに投稿しました。

〈日本国内に『生息』している在日という悪性外来寄生生物種の一派〉〈チョーセン・ヒトモドキ〉〈見た目も中身ももろ醜いチョーセン人!!!〉

 凄まじい差別がここにあります。例えば九州にルーツを持つ人たちが「見た目も中身ももろ醜いキュウシュウ人!!」と言われたら、どうでしょうか。しかも、それが自分の中学生の子どもに向けられて言われたら、どうでしょうか。身体が引き裂かられるような感覚にならないでしょうか。

 しかし、この男性に対して川崎簡易裁判所が出したのは科料9000円の略式命令でした。現在の法律ではこのようなヘイトスピーチ/ヘイトクライムを想定していないのです。中学生の子は、「国がルールをつくって、もう誰も自分のようなつらい想いをすることなく、安心してインターネットを利用できる環境が整うことを願っています」とコメントを発表しています。

「在日コリアンの問題」ではなく、「日本人・日本社会の問題」です。そして、日本に生きるキリスト者が取り組むべき問題ではないでしょうか。 今日お招きした金性済先生は、私が20歳前後に通った在日大韓・川崎教会の牧師でした。在日コリアンの人権回復のために尽力する先生の姿、川崎教会に集まる赤ちゃんからご高齢の方たちまでの姿、特に青年たちの姿が、私のキリスト者としての歩みを方向づけて下さったと感じています。今日の皆さんの出会いが、そのような出会いとなりますように願っています。 (有明海のほとり便り no.96)

日本キリスト教協議会(NCC)

 次週お招きする金性済 (キムソンジェ) 牧師は、在日大韓基督教会の牧師であると同時に、現在は日本キリスト教協議会(NCC)の総幹事を担われています。NCCのことを初めて知る方も多いかもしれません。私たちの日本基督教団も所属する超教派(エキュメニカル)ネットワークです。

NCCは、教会だけの集まりでなく、教会(教団)とキリスト教関係団体を含んでいます。〔中略〕キリスト教(者)が少数者である社会の中で、教会・キリスト教関係団体が共に宣教の課題を担っていくことを目ざしています。(HPより)

 先日、カトリックの高校を出られた方とお話しをしていたら、「カトリックとプロテスタントで喧嘩をする必要はないと思います」と言われ、少しびっくりしました。私自身の中に、カトリックに対してライバル心や敵対心と言ったようなものは、まったくないからです。それも、NCCの様々な働きを通して、カトリックの方たちとの出会いを与えられたからです。

 私自身がNCCと出会ったのは18歳頃、NCCとカトリック教会などが共に憲法9条を守るために作った「キリスト者平和ネット」でアルバイトをさせてもらった時のことです。当時のNCC総幹事は大津健一牧師(元アジア学院理事長)、幹事には西原美香子さん(日本YWCA総幹事)、小泉基牧師(日本福音ルーテル健軍教会)、山本俊正教授(関西学院大学)がおられ、生意気な若造(今でも?)だった私に、キリスト教界の広がりと深みを教えて下さいました。尊敬するキリスト者そして牧師と沢山出会いました。その一人が来週お招きする金性済先生だったのです。(有明海のほとり便り no.95)

信教の自由を守る日 礼拝

日本基督教団では、毎年2月11日 を 「建国記念の日」ではなく、 「信教の自由を守る日」として大切にしています。荒尾教会では前日の10日を信教の自由を守る日礼拝として、東京よりNCC総幹事の金性済牧師をお招きします。ぜひご出席下さい!

日時 2019年2月10日(日) 午前10時半より11時40分頃まで

  • 聖書  ペトロの手紙一4章7節~11節
  • メッセージ 「 万物の終わりの前に」
  • 金性済(キム・ソンジェ)牧師(日本キリスト教協議会総幹事

※こどもメッセージが礼拝前半にあります。こどもからご高齢の方まで、どなたでもどうぞ。

石橋議長との再会

月曜日に開かれた教区の研修会に石橋秀雄牧師(教団議長)が招かれました。3・11が起こった際、石橋先生はすぐに教団救援対策本部を立ち上げ、精力的に被災された方たちのために働かれました。私が責任を担っていた被災者支援センター・エマオにも、必ず年に何度か来て下さいました。印象的だったのは、毎年ご自身の夏休みを使って、エマオへボランティアに来て下さったことです。他の本部委員の方たちが訪問に来られることはあっても、一緒にワークに入って下さることはほとんどありませんでした。石橋先生が来られる際は、いつもエマオのスタッフを労うために食事へ連れて行って下さり、私自身もお世話になりました。その石橋先生と久しぶりの再会を二人とも(?)喜びました。

ふと届いたばかりの『教団新報』を見ると、石橋先生が巻頭メッセージを書かれていました。そこに、鈴木隆太さんという鍵盤楽器演奏者が召されたことを紹介しています。毎年、石橋先生が園長を務める越谷幼稚園でコンサートをされる繋がりで、新日本フィルのメンバーと一緒に鈴木さんは被災地に来て下さり、演奏会を開いて下さいました。素晴らしい音楽家でした。

鈴木さんの「その曲に感動し、この曲を子どもたちが聞いてくれないはずがない」との確信から演奏する姿を思い浮かべながら、説教者としての姿が問われる思いがした。私たち自身が御言葉に感動し、御言葉を語ることを何よりも喜びとし、この御言葉が聞かれないはずがないとの確信をもって語る者であるかどうか。

この問いを、私自身も大切にしたいと願っています。 (有明海のほとり便り no.94)

いずみ愛泉教会、登米教会

教会で購読している『信徒の友2月号』が届きました。「日毎の糧」というコーナーがあり、聖書日課に解説があり、さらにその日に選ばれた教会からの祈りの課題が掲載されています。日本キリスト教団、在日大韓基督教会所属の教会を、教区毎に南から北へ順にピックアップしているそうです。2月号は宮城県と福島県の教会でした。私が以前所属していた東北教区の教会です。前任地のいずみ愛泉教会もありました。そこに掲載されたほとんどの教会・牧師に出会っているので、とても懐かしく各教会の祈りの課題を読みました。説教奉仕・集会・委員会のため訪問した教会、被災者支援センター・エマオのために沢山の協力をして下さった教会がありました。

来週予定されている祈祷会においても、これらの教会のことを皆さんと共に覚えて祈りたいと思います。ここでは二つの教会の祈り課題を紹介します。

いずみ愛泉教会 「年々災害が多発しています。その度に世界中で繰り返される「核実験」の影響を考えます。地球が悲鳴を上げているのでは、と。一日も早い全世界の核廃絶を。」

登米教会 「主日礼拝を大切にする教会であるように。求道者が神に導かれて洗礼を受けられるように。登米幼稚園が神の栄光を現す幼児教育を継続して行けるように。幼稚園児、教職員の心身が支えられるように。」

登米教会では毎年2回位、説教奉仕をさせていただきました。兼牧されている友川牧師の苦労を少しでも分かち合うために、午後2時からの礼拝に、車で約1時間かけて向かいました。小さな幼稚園と教会を守り続ける信徒家族の姿に、励まされました。 (有明海のほとり便り no.93)