横野朝彦牧師との出会い

教団新報が届きました。先日、山鹿教会の代表役員変更登記手続きを終えて、教団に書類を送っていたので、「そろそろかなぁ」と教師異動報告を眺めると、山鹿教会の代務者就任に確かに私の名前がありました。全国の教会に必ず送られる新報なので、この報告に様々な思いを抱かれる方たちがおられるはずです。私自身も「もう後には引けない」という思いです。どうか、山鹿教会に相応しい牧師が与えられることを、ご加祷ください

けれども、そんな教師異動報告に嬉しい偶然がありました。私たちが東京でとてもお世話になった横野朝彦牧師が、隠退から復帰され、高槻日吉台教会(大阪)の代務者に就任されたことが同じ紙面にあったのです。

私は、神学校1年の終わりに、Hさんと結婚しました。札幌に住むHさんが東京で仕事を見つけたまでは良かったのですが、困ったのは住居でした。家賃を支払えるだけの十分な収入はありません。そんな時に、番町教会(東京)の横野先生が、教会が入っているマンションの一室を、教会に掛け合って提供して下さったのです。卒業までの3年間、横野先生、そして今は召されたお連れ合いのYさんはじめ、教会の皆さんが私たちを物心そして霊的に支えて下さいました。振り返れば経済的には最も貧しい3年間でしたが、そんなことを全く感じず、むしろ沢山の祝福を受けた豊かな3年間でした。Bが生まれたのも、この番町教会時代でした。

私たちが番町教会から離れてからも、横野牧師は度々会いに来て下さり、またお電話を下さっています。私たちのまさに恩師です。いまは岡山にお住まいなので、いつか荒尾教会の特別集会にお招きしたいと願っています。(有明海のほとり便り no.126)

画家・金斗鉉さん

毎月教会に届く『信徒の友』で、ずっと続いている「金さんのスケッチ散歩」と題されるページでは、全国各地の教会が美しい水彩画で描かれ、そこには短い画家のエッセーが掲載されています。以前、北九州地区のいくつかの教会が掲載されており、とても嬉しかったのを覚えています。

先週の木曜日、いるか・らっこ組のクラス参観・保護者懇談会があり、朝から慌ただしく準備をしていると、急に一本の電話が入りました。電話を受け取った先生も内容をよく理解しておらず「画家の方で…」という説明に、クエスチョンマークをいくつも並べながら電話を出ると、あの「スケッチ散歩」を掲載されている、金斗鉉さんでした。「もしやもしや」と思いつつ、話しを伺うと、「いま八代教会にいてこれから荒尾教会に向かいますとのこと!「ありがとうございます。よろしくお願いします」とやや興奮気味にお答えしました。

いつの間にか来られたということで、探しに行くと、敷地内ではなく、門を出た桜の木の下でスケッチを始めておられる姿が。邪魔をしてはいけないと思いつつ、週報など少しでも荒尾教会のことをお伝えする資料をお土産(?)に、ご挨拶に伺うと、とても気さくに対応して下さいました。心に残ったのは、「この『スケッチ散歩』の仕事をするようになって、地方にある小さい教会と出会った。少しでも自分が出来ることを願い、完全無償で出前特別集会もしている」との言葉です。1時間半ほど滞在された後、今度は山鹿教会へ向かわれました。

『信徒の友』に掲載後、原画を購入することも出来るということでしたので、早速、次回の役員会で諮りたいと思います。 神さまからの思わぬプレゼントに心から感謝。 (有明海のほとり便り no.125)

Soon Ah Will Be Done

大牟田正山町教会で行われた関西学院聖歌隊コンサートへ行ってきました。ドイツミサ曲などを丁寧に美しく合唱する姿に、心しびれました。BとKを連れて行ったのですが、二人には少し難しかったようです。けれども、そんな二人もぱっと起き上がり、身体でリズムを合わせながら聴いていた曲があります。「黒人霊歌」である“Soon Ah Will Be Done”です。

奴隷としてアフリカから連れてこられた黒人たちが、その苦しみの中で、神が共におられるという深い希望・信仰を歌っています。

 Soon Ah will be don' a-wid de troubles ob de worl',  すぐにこの世の苦しみは終わる
goin' home to live wid God.  そうしたら、故郷に帰って、神と共にいきよう
I wan' to meet my mother   母に会いたい。
I goin to live wid God.   神と共に生きよう。
no more weepin' an' a wailin'   もう嘆き悲しむ日々は終わりだ
I wan' to meet my Jesus   イエスに会いたい。
I goin to live wid God.   神と共に生きよう。

この「霊歌 Spirituals」の背景にある、絶望・痛みは今も続いています。そして、だからこそ「神の国・神の平和」が来ますようにと、希望と福音を分かちあっていきたいましょう。 (有明海のほとり便り no.124)

意外な方からのお電話

前任地のいずみ愛泉教会では、今年45周年を迎えます。

先日、夕方に園で作業をしていると、突然電話が鳴りました。携帯を取ると、いずみ愛泉教会でお世話になった、Mさん(90歳)からでした。お連れ合いのCさんとご一緒に、必ず毎週礼拝に出席されていた姿が今も目に焼き付いています。

お二人は北海道のご出身で、特にMさんはHさんが卒業した北星女子高の大先輩で、何かにつれ私たちのことを気にかけ声をかけて下さいました。

私たちが荒尾に移る前に、お二人は札幌へ引っ越されたのですが、出身教会である札幌教会に毎週お二人で、電車で通っておられました。そして数ヶ月に一度、札幌から私たちにお電話下さったのです。

そのような中で、昨年7月にお連れ合いのCさんが召されました。札幌教会での葬儀に行くことは叶いませんでしたが、一人残されたMさんはどのように過ごしておられるか心配していました。

そのMさんから電話がかかってきたのです。お声もお元気そうで、「佐藤先生やHさんたちがどうしているかと思って」と。いずみ愛泉教会から、Mさんのところへ送られた45周年記念礼拝の葉書を見て、私たちのことを思い出して下さったのです。

一人で札幌教会まで通うことは、もう出来なくなったそうですが、Mさんの電話口の声に確かに深い祈りと信仰を感じました。

お会いできなくなって数年…、思いがけない神様からのプレゼントに、とてもとても励まされた瞬間でした。(有明海のほとり便り no.122)

小平先生をお招きして

昨年5月のペンテコステ礼拝で小平善行牧師をお招きしました。それから、1年が経ち、まさか小平先生を「霊泉幼稚園の園長」として再び礼拝にお招きする日が来るとは…、誰もが予想していなかったことです。神さまの不思議な導きです。

山鹿教会附属の霊泉幼稚園と、荒尾めぐみ幼稚園は同じ一つの学校法人が運営しています。それぞれ独自の歴史の中で生まれてきた山鹿教会、荒尾教会そして各幼稚園です。はじまりは宗教法人幼稚園、そして時代の流れの中で、学校法人を立ち上げていきます。「山鹿霊泉学園」と「めぐみ学園」です。2013年4月、この2つを合併し、1つの学法として運営していく決断をします。当時いなかった私には詳しい経緯や目的は分かりません。

けれども、荒尾に来て3年目に入りつくづく感じることがあります。それは、小さな地方教会がそれぞれ単独で「幼稚園(認定こども園)」という大きな宣教の働きを担っていくのは並大抵のことではない、ということです。特にいまは、目まぐるしい幼児教育・保育制度の変化があり、保護者を含む園に対する社会からの視線・ニーズも変わってきています。この荒波を乗り越えるためには、2つの教会が祈りと知恵を持ち合わせ・支え合っていくことが肝心です。

6月より小平先生が、霊泉幼稚園の(期限付き)園長として入って下さいました。あっという間(!)に子どもたちと信頼関係をつくり、大きな混乱なく日々を過ごすことが出来ています。そして、83歳になられる小平先生が、片道1時間(!)かけて通って下さっていることに、心から感謝です。 先生の健康が守られ支えられますように、お祈りしましょう。 (有明海のほとり便り no.122)

フラッシュモブ

「フラッシュモブ flashmob」とは、雑踏の中で歩行者と思っていた人たちが急に集まり、演奏やダンスなどのパフォーマンスを行い、終わったらすぐに解散するというものです。最近、私は、このフラッシュモブの動画を鑑賞するのが好きで、礼拝準備の合間(?)に、息抜きで見たりしています。

特にお気に入りの動画は、バークリー音楽大学(アメリカ・ボストンにある世界的にも有名な音大)交響楽団によるフラッシュモブです。

学生たちが、ある時、突然プルデンシャル・センター(有名なビルの一つ)のロビーに現れてホルストによる組曲「惑星」:木星を演奏し始めます。一人のチェロから始まり、そこからコントラバスが加わり、ヴィオラ、ヴァイオリンが一つずつ加わっていきます。そして中央に指揮者が現れるのです。何も知らない歩行者たちが驚きつつ、周りに集まり、そして音楽の持つ力によって笑顔に変わっていきます。

特に心に残るのは、演奏者たちの姿です。みんな普段着のままですからファッションもバラバラです。髪の色も肌の色もジェンダーも様々です。もちろんそこには白人も黒人もアジア人もいます。けれどもそのバラバラな演者たちが、心を込めて「木星」を演奏する姿に、音楽が境界線を越えて人々を繋げてくれることを、気付かせてくれます。神さまが造られた人間の美しさが不思議とよく表れています。

アメリカは多くの課題・差別・社会問題・痛みを抱えていますが、同時に様々な境界線を飛び越える希望を指し示すことの出来る不思議な文化があります。アメリカ社会のとても良質なよい部分に出会うことが出来ました。(有明海のほとり便り no.121)

四秒の祈り

教会の牧師として、「約束した時間を守る」というのは、「いろは」の「い」です。にも関わらず、先週2度も、すっぽかしてしまいました。

自分自身、これまで多少の遅刻はありましたがm(_ _)m、ここまではっきり抜け落ちてしまうことは初めてで、ご迷惑をおかけした方たちに、本当に申し訳なく思うとともに、危機感を抱いています。「はたしてこのままでいいのだろうか?」と。

山鹿教会・霊泉幼稚園の働きが加わり、まだまだ慣れない中で、さらに突発的なことが加わると…限界を超えてしまうようです。けれども、主務の荒尾教会・めぐみ幼稚園を含め、どれもが大切な働きです。しかし各園では、人手も慢性的に足りておらず、日々走り回っているのが実情です。そんなことを思いながら、渡辺和子シスターの『置かれた場所で咲きなさい』を読むと、次の文章に出会いました。

ある日、階数ボタンを押した後、無意識に「閉」のボタンを押している自分に気付きました。つまり、ドアが自然に閉まるまでの時間、大体四秒ぐらいの時間が待てないでいる自分
に気付いたのです。
そして、考えさせられました。「四秒すら待てない私」でいいのだろうか
と。事の重大さに気付いた私は、その日から、一人で待っている時は「待つ」決心を立てたのです。
…待っている間に、小さな祈り、例えばアヴェマリアを唱える習慣もつけてくれました。…時間の使い方は、いのちの使い方
です。待つ時間が祈りの時間となる、このことに気付いて、私は、何かよいことを知ったように嬉しくなりました。

たった四秒でも、待ちつつ、祈りつつ歩んでいきたいと願っています。(有明海のほとり便り no.119)

友だちになるために

新沢としひこさんというシンガーソングライター・作詞作曲家がおられます。幼児教育・保育界で様々な行事のたびに歌われる、数々の名曲を生み出している方です。

お父様は新澤誠治さんという方で、長く東京・江東区にある神愛保育園というキリスト教保育園で園長をされた方です。その影響もあるのでしょうか、新沢さんの作り出す曲には、聖書のメッセージとよく響き合うものがあります。

代表曲の一つ『友だちになるために』には、次のような歌詞が綴られています。

 友だちに なるために 人は 出会うんだよ
ひとり さみしいことが だれにでもあるから
友だちに なるために 人は 出会うんだよ
だれかを きずつけても 幸せには ならない
今まで出会った たくさんの
きみと きみと きみと きみと きみと きみと きみと
これから出会う たくさんの
きみと きみと きみと きみと ともだち

神さまがかけがえのないものとして下さっている、この<いのち>は、「人と出会い、人と共に生きる」という使命(mission)が与えられています。誰よりも子どもたちが、この使命を一番体現しています。

この原点に立って、今日新たに選ばれる国会議員も、私たちも歩んでいきたいと切に願っています。 (有明海のほとり便り no.118)

7/24 18:30- キリスト教カフェ

ゆったりまったり「キリスト教」についてカフェしています。

礼拝はちょっとハードルが高い…と思っている方におすすめです。

お時間・ご感心があればぜひ一度お越しください!

参議院選挙

いよいよ来週日曜日には参議院選挙が行われます。

イエス・キリストの福音は、<わたし>個人には限定されません。いま・この地球に生きるすべての<いのち>に与えられているものです。この福音を社会全体に、折を得ても得なくとも、証していくこと、分かち合っていくことが求められています。

今の日本社会において、選挙権(外国籍の友には与えれていません)を行使することは、キリスト者としての一つの証しだと思います。神の国・正義・愛を一歩でも半歩でも実現していくために、祈りつつ投票したいと願っています。

さて、今回から参議院選挙には「特定枠」というのが設けられました。「特定枠」に選ばれた人たちは、その政党が得た投票数によって優先的に当選することになります。

私が注目している山本太郎さんのグループは、この「特定枠」の1位にALS(筋萎縮性側索硬化症)患者で全身まひギタリストの船後靖彦さん、2位に全国公的介護保障要求者組合書記長で重度の身体障がいがある木村英子さんを選びました。山本太郎さん自身はどんなに票を集めたとしても3位になるので、そこまでしてお二人を国会に送りたいのだという気持ちが伝わってきます。

もしお二人が当選したら、日本の政治史上とても大きな衝撃が走ります。国会議事堂という建物がバリアだらけの状態で、まさに「言葉」ではなく「実践」において、国会自身が障がい者差別を乗り越えることを求められるのですから。

そのお二人の姿に、2000年前ガリラヤの村々で様々な壁を乗り越えていったイエス・キリストの姿が重なるのは私だけでしょうか。 (有明海のほとり便り no.117)