1966年の祈り

二人の老牧師が抱き合っている写真が、新聞に掲載されていました。

一人は87歳の平良修牧師(沖縄・うふざと教会)、そしてもう一人は、92歳のウィリアム・エルダー宣教師(大阪女学院大学名誉教授)です。二人とも日本キリスト教団の関係牧師です。

1966年11月、34歳だった平良牧師は、当時沖縄が米軍統治下にあり、最高権力者だった高等弁務官の就任式で、次のように祈りました。

神よ、願わくは、
世界に一日も早く平和が築き上げられ、
新高等弁務官が最後の高等弁務官となり
沖縄が本来の正常な状態に回復されますように、
切に祈ります。

式の直前、平良牧師は二人の宣教師に原稿チェックをしてもらいます。一人は、こんな祈りをしたら危険だから止めるようにと言ったそうです。けれども、もう一人のエルダー宣教師は、「大胆だが、当たり前の祈り」として励ましたそうです。この励ましを抱いた平良牧師は、勇気を持って大胆に祈りました。

大きな波紋を呼びました。平良牧師そしてエルダー宣教師のもとには抗議が殺到します。けれども、エルダー宣教師は「あなたが同じ立場なら何を祈るか」と応答されたそうです。

その出来事から50年以上の時を経て、沖縄で平良牧師とエルダー宣教師が再会し、対談を行いました。沖縄が日本に「復帰」した後も、米軍基地が集中しており、反対の民意が示されたにも関わらず辺野古への基地移設を強行している、「今も祈りが必要だ」と二人はおっしゃっています。1966年の祈りが、今も続いているのです。 (有明海のほとり便り no.136)

魂の天窓

私たちは日々、沢山の非キリスト者の方たちに囲まれています。家族・親戚・友人・職場の同僚など、日本で暮らしていれば会う人のほとんどは礼拝に通ったことのない方たちばかりです。

毎週日曜日に礼拝のために教会へ通っていることを、理解してもらうのは中々難しいことで、どこか説明を「諦めて」しまっている自分にも気付かされます。

けれども、礼拝を「魂の天窓」を見つける場として捉えたら説明しやすいかもしれません。パッと効果が出るようなことは少ないかもしれません。けれども確かに、じんわりと効いてくる漢方薬のような場として。

どれだけ多くの人が、魂の天窓を失っているでしょうか。時間に追われる日々の暮らしを続けていく中で、また精神に解放感や充足感を与えてくれる娯楽には事欠かない現代社会にあって、天窓など持っていなかったとしても、すぐに生活に支障が出るなどということはないのです。最初からなかったようにさえ思われます。 …良い礼拝者とはどういう意味でしょう。それは、礼拝を切に求めている人であり、礼拝に参加することを心から望んでいる人であるということです。義務として行う礼拝ではなく、神が招き、神が聖霊の風を吹きこみ、神が祝福してくださる礼拝を心から期待している人です。

(荒瀬牧彦著「礼拝者としての牧師」『牧師とはなにか』)

礼拝に集うことは、確かに「slow-church movement」(じんわりと進む教会宣教)の核です。喜びを失わず、期待をもって礼拝に向かいましょう。 (有明海のほとり便り no.134)

死をも超える希望

「死をも超える希望がある」。キリスト教信仰における核の一つです。けれども実際には、なかなかどうしてこのことを受け入れるのが難しいのが、私たちの人生ではないでしょうか。

自分たちの命に…限りがある、ということは、終わりがある、ということです。そして終わりがある、ということは、始まりもあった、ということです。よく、先生、わたしは死んだらどうなるのでしょうか、という質問を受けます。そうですね、生まれる前はどうでしたか、と答えます。そう言われて、初めて気が付くのです。自分がいなかった時代があったのだ、ということです。…多くの場合に、わたしたちはそういうことを忘れて生きています。そういうことを忘れたいと思うのは、そこに希望がないと思うからです。 …我ら人間の現実の中に立たれた神さまがおられる。人が死んでその身体が腐れ果てて行くという、すべてのものが経験する厳しい現実の中にその身をさらして、わたしたち人間の怒りをご自分の怒りとして、ただひとり死の支配に対して立ち向かって行く。ここに本当の神さまの姿がある。わたしたちの神さまの姿がある。そしてこの方がいましたもう限り、わたしたちには希望がある。死んでも希望がある。聖書はそう語るのです。

吉村和雄「死を超える望みを見ながら」『説教黙想アレテイア 死に勝つ慰め』

私たち人間は、死を前にしてあまりにも知らないこと・分からないことが沢山あります。けれども、イエス・キリストの復活が示す「死んでも希望がある」ことを、ただ信じ、歩んでいきましょう。 (有明海のほとり便り no.133)

自分の現在地を認める

三年間を過ごした基督教独立学園高校は、山形県小国町の山奥にある小さな全寮制の学校です。一学年約25人✕3学年ですから、先生を合わせて100人位の小さな共同体です。必然的に関係も濃ゆいものになりました。特に三年間を男子寮で共にした同級生たちとは、今でもパッと一人一人の顔・姿・言動・匂い(臭い?)なんかが蘇ってきます。

先生たちの半分位が卒業生で構成されていましたが、一番予想していなかった同級生のRが大学卒業後、舎監になった時は驚きました。というのも、Rとは一緒に(?)色々やったり(悪さ?)していましたし、決して主流派(?)を行くような優等生タイプではなかったからです。最近、教頭になったと聞き、さらに驚きました。

先日、キリスト新聞の記事でRがある集会でこんな発題をしたことを知りました。

ある時、一部の生徒が寮内に持ち込んではいけないものを持ち込んだ。私は、『隠し事なく生きなさい』と言いながら、舎監室では隠れてお酒を飲んでいた。生徒の前に立ちきれない自分を感じた。認めたくない自分の現在地を認めなければいけない、そこからしか始まらない

まず前半部分の「隠れてお酒を飲む」Rの姿が、個人的には何だか想像できて、一人笑ってしまいました。けれども、後半部分の「認めたくない自分の現在地を認めなければいけない」という言葉が胸に響きました。Rのこれまでの歩み、悩み、痛み、そして信仰がここに込められています。 (有明海のほとり便り no.132)

熊本地区とは何だろうか?

木曜日に地区婦人部研修会があり、「共に~東日本大震災被災地でキリスト教保育の現場で考える~」と題し、講師を務めました。約60名の方たちが、熊本城東教会に集い、交流もとても楽しいひと時でした。特に城東教会が研修会のために、讃美やダンス(ひょっこりひょうたん島アレンジ!)を披露し、盛り上げて下さりました。

講演の最後に、「熊本地区とは何だろうか?」という問いを分かち合いました。私たちはついつい各個教会で完結しているように思いがちですし、実際そういった面は強くあります。

教団内においても、教区や地区の活動を軽視する意見があり、それを見聞きするたびに、私はとても残念な気持ちになります。地方教会、特に荒尾教会や山鹿教会のような小規模教会の現実を、どこまでご存知なのだろうかと・・・。

先々週、教区宣教会議が大牟田正山町教会であり、地区委員長のK牧師が発題をされました。その中で、「召命(Calling)は自己責任ではない。個人的なことではなく、ちゃんと後ろ盾があって初めて召命は成り立つ。地区・家族・教会の祈りやサポート。教師の側も相談していく大切さ。学閥などを越えて協力し合う仲間がいたからやっていけた」と言われたことが、胸に刻まれています。 召命(神からの招き)は牧師に限ったものではなく、生きる一人一人に与えられています。

召命は縦(神と個人)の関係において与えられます。けれども横(個人と家族・友・ネットワーク)の関係がなければ、孤立を抱え燃え尽きていってしまいます。召命は十字架(縦と横)の関係で初めて成り立つのです。 (有明海のほとり便り no.131)

台風19号

先週は、まさかの台風情報に翻弄された一週間でした。当初は、土曜日に九州を直撃するコースが予想されており、すぐにお便りで運動会を月曜日に順延するかもしれないことをお伝えしました。

結果的には東へとずれ込んでいったため、ホッとした束の間・・・、今度は台風の影響で強風が吹くかもしれないことに気付きました。関係者に相談し、自分でも色々と調べ、テントが強風で転倒する恐れがあるかもしれないと、急遽設営を取りやめました。

運動会は、無事執り行うことが出来ました。子どもたち一人一人一生懸命がんばり、みんなで楽しむことができました。強風で砂が舞う中でしたが、保護者の方たちが率先して水を撒いて下さり、心から感謝です。後で調べると、運動会を行っていた時刻には、北風12メートルが吹いたようです。台風19号の被害が各地で出ています。いま恐れや不安のある方たちに守りがあることを切に祈ります。

九州北部豪雨(2017年7月)、西日本豪雨(2018年7月)、今年9月の台風15号、そして今回の台風19号と気象災害が続いています。地球温暖化によって台風が強化されています。どうも私たち人間は、気象災害という「人災」を造り出しているようです。スウェーデンの環境活動グレタ・トゥーンベリさん(16)のスピーチを受け止めたいと願っています。

あなたたちは、私たちを失望させている。しかし、若い世代はあなたたちの裏切りに気づき始めています。未来の世代の目は、あなたたちに向けられている。

(有明海のほとり便り no.130)

若い人が教会を支える?

北海教区で長く財務の責任を担ってきた方が、「今の若い人たちから見れば『年金暮らし』はとても恵まれている。少なくとも数年先まで毎月一定額の現金収入が確実にあるのだから」と言ったことばが忘れられない。公務員としてずっと福祉を担当してこられた方だけにシビアな重みがある。

9月の教団新報で久世そらち牧師(札幌北部教会・教団副議長)が綴っていた言葉です。皆さんは、どのような「若い人」像を抱いているでしょうか?

いま2.7人に1人は非正規雇用と言われています。年金制度自体も今後どうなっていくのか見通しがつかない状況です。たとえ年金をもらえたとしても、このような状況では、十分な生活を保証するだけのものを、「若い人」の多くはもらえません。

久世先生はこのような状況の中で、「若い人たちが教会を支える」というイメージは現状にそぐわないこと、むしろ「高齢者が若者を支え、若者が希望を見出すような、教会共同体を形成」することが肝要だと語ります。

この荒尾の地においても、「若い人」を取り巻く環境は不安定です。共働き世帯は増え続け、労働時間も増え続け、格差が広がり、それぞれの家庭に中々ゆとりや余裕がなくなって来ています。 荒尾めぐみ幼稚園の働きには、子育てへのサポートを通して、教会が若い世代を支えていくという使命があります。と同時に、荒尾教会の礼拝共同体が、この不安定な格差社会を生きる「若い人」たちを祈り・支えるものになっていきたいと願っています。 (有明海のほとり便り no.129)

土の中

0・1・2歳児クラスで水本オレンジガーデンまで遠足に行ってきました。

去年は運動会が終わってから2週間後でしたが、今年は逆に2週間前だったので、シーズンには少し早かった様です。けれども、「肥のあかり」という熊本県産極早生みかんを美味しくいただきました。

みかん狩りをする前に、みんなで礼拝を捧げました。私は『じめんのうえと じめんのした』という絵本を読みました。植物は地面の上に葉を伸ばしつつ、地面の下には根っこを伸ばしている。私たち動物にとって植物はかけがえのない大切な存在なのだというメッセージが込められています。同じように、みかんの木も、見える枝や葉っぱみかんだけでなくて、根っこがあるんだよ、目には見えない神さまが守ってくださっているんだよと、子どもたちに伝えました。

すると、その話しを脇で聞かれていたガーデンのおかみさん(?)が喜んでくださり、みかんを植えている畑の土を豊かにするために、様々な工夫をしていることを、後で教えて下さいました。

相田みつをの詩に、次のようなものがあります。

土の中の水道管 高いビルの下の下水 大事なものは表に出ない

目には見えない、水道管や下水のように軽んじられてしまう存在が、実はかけがえのない存在なのです。

「わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。」 (コリントの信徒への手紙二4章18節) 

(有明海のほとり便り no.128)

石木ダム建設をめぐって

長崎県川棚町川原(こうばる)にある小さな支流・石木川にダムをつくる計画があります。1975年度に国に採択され、工事が進められていますが、地元住民の方たちを中心に必死の抵抗がなされています。佐世保市の水の確保そして川棚川の洪水の防止のためという目的ですが、実際の水需要は人口減少とともに下がりつづけ、川棚川流域の11%しかカバーしないダムに洪水予防の効果はほとんど望めません。多くの資本が投下され一部が潤うという、いわゆる「公共事業」の負の面がよく出ている事業だと思います。

2年前、この問題に深く関わっておられるS牧師と一緒に、川原地区を一度訪問させていただきました。すばらしい自然環境でした。そこに、13世帯54名の方たちが実際に暮らされています。にも関わらず、いま長崎県は強制収用(行政代執行)を始めようとしています。先週19日に5年ぶりに地元住民の方たちと県知事との面談が行われました。

小学3年生のSちゃんは、自分で書いたメッセージを読み上げるけれど、泣き声になってしまい、なかなか聞き取れない。それでも、お父さんに励まされ、家族に見守られながら、最後まで読み終えました。 Sちゃんのお父さんであるJさん(38)は、「強制的に土地を奪おうというのはおかしい。これは人道上の問題だ。私は家族と川原の人たち、こうばるというコミュニティーを全力で守ります!絶対に手を触れさせません」と断言しました 。

(石木川まもり隊HPより)

Sちゃんの痛みが届く日本社会でありたいと切に祈ります。 (有明海のほとり便り no.127)

横野朝彦牧師との出会い

教団新報が届きました。先日、山鹿教会の代表役員変更登記手続きを終えて、教団に書類を送っていたので、「そろそろかなぁ」と教師異動報告を眺めると、山鹿教会の代務者就任に確かに私の名前がありました。全国の教会に必ず送られる新報なので、この報告に様々な思いを抱かれる方たちがおられるはずです。私自身も「もう後には引けない」という思いです。どうか、山鹿教会に相応しい牧師が与えられることを、ご加祷ください

けれども、そんな教師異動報告に嬉しい偶然がありました。私たちが東京でとてもお世話になった横野朝彦牧師が、隠退から復帰され、高槻日吉台教会(大阪)の代務者に就任されたことが同じ紙面にあったのです。

私は、神学校1年の終わりに、Hさんと結婚しました。札幌に住むHさんが東京で仕事を見つけたまでは良かったのですが、困ったのは住居でした。家賃を支払えるだけの十分な収入はありません。そんな時に、番町教会(東京)の横野先生が、教会が入っているマンションの一室を、教会に掛け合って提供して下さったのです。卒業までの3年間、横野先生、そして今は召されたお連れ合いのYさんはじめ、教会の皆さんが私たちを物心そして霊的に支えて下さいました。振り返れば経済的には最も貧しい3年間でしたが、そんなことを全く感じず、むしろ沢山の祝福を受けた豊かな3年間でした。Bが生まれたのも、この番町教会時代でした。

私たちが番町教会から離れてからも、横野牧師は度々会いに来て下さり、またお電話を下さっています。私たちのまさに恩師です。いまは岡山にお住まいなので、いつか荒尾教会の特別集会にお招きしたいと願っています。(有明海のほとり便り no.126)